全国第3位のりんごの収穫量を誇る岩手県。「紅いわて」「ジョナゴールド」「サンふじ」など様々な品種のりんごを栽培するJAいわて花巻では、凍霜害からりんごの生育を守るために、お天気アプリのビジネス拡張版「ウェザーニュース for business」の農業版を導入しています。具体的な凍霜害対策について、JAいわて花巻 営農部園芸販売課の久米正明氏、大石航也氏にお話をうかがいました。
大規模な凍霜害で生産量が過去最低の4割減、昨今の気温上昇により成長した段階で凍霜害が発生
JAいわて花巻のりんごは、りんごの木の高さを2.5m以下に設定する「わい化栽培」や、どの品種も袋をかけない「無袋栽培」などによる、太陽の光を樹木全体に行き渡らせた栽培体系生育法を採用。昼夜の温度差も活かして、美味しいりんごを生産しています。

そんなJAいわて花巻が「ウェザーニュース for business」の農業版を導入したきっかけは、2023年に大規模な凍霜害に見舞われたことでした。凍霜害は、植物体内で水分が凍結し、細胞組織の損傷・壊死により成長が阻害される現象です。
「品種によって多少の差はありますが、りんご栽培は1年間どの時期にも何かしらの作業があります。昨年はりんごの葉が育ち、花が咲き、受粉を行う4月という1年でもっとも重要な時期に、寒気が流入し、放射冷却現象も伴って大規模な凍霜害に発展しました。その結果、一昨年は約28万ケース(1ケースあたり10㎏)だった収穫量から、昨年は約17万ケースと約2割減。酷暑の影響も重なって、全体としては一昨年と比べて約4割ものりんごを失うことになりました」(大石氏)


これまではりんごの展葉期に凍霜害の被害が多かったようですが、最近は展葉期から開花期にかけて凍霜害が発生しているようです。
「昨今は気候変動の影響でりんごの生育が早まり、花が咲く時期が前倒しになったことによって、凍霜害時のりんごの生育ステージがずれてきたようです。展葉期前であればそこまでダメージがないのですが、展葉期以降の降霜は被害が大きくなります」(久米氏)
そこで、りんご栽培の凍霜害を食い止める対策として、アプリを活用することになったのでした。
凍霜害リスクを36時間前から1kmメッシュで精緻に予測、JA職員・組合員が危険な園地やタイミングをアプリで共有
「さまざまな気象要素のうち、凍霜害に大きく影響するのは『気温』です。凍霜害のボーダーラインは植物体温が0℃を下回ったときと考えています。そのため、気温が1~2度以下になると凍霜害対策を施す必要が出てきます。気象台からは霜注意報が発表されますが、それは岩手県全域のものです。気象予測を立てにくい山間部に畑がある地域も多く、自分たちの畑にどの程度の影響があるのかは、気温や過去の経験からそれぞれが推察して行動するしかないことも以前からの課題でした」(大石氏)
「ウェザーニュース for business」は気温だけでなく、36時間先まで1時間ごとの霜の発生リスクを「注意」と「警戒」の2段階で予測します。霜の発生リスクは、大気の気温や風速、相対湿度や大気の透過率など、過去の気象条件をもとに霜が発生しそうなエリアを1kmメッシュ(四方)で算出します。

「霜は『いつ出るか?』というタイミングと、『どの程度か?』という被害の大きさを的確に想定して対策を立てることが重要です。それには精度の高い予測が欠かせません」(久米氏)
現在、JAいわて花巻では27人にアカウントを付与しています。スマホの操作が苦手な組合員の方には、データをまとめて共有したり、職員のみなさんが使い方を指導したりしながら活用しています。
高精度な降霜予報で凍霜害を回避、2024年の実害はゼロに
凍霜害対策はここ40年間変わっていない状況で、「送風機を使う」「散水する」「被覆する」といったアプローチはあるものの、コストや効率を考慮すると、りんごの木周辺の温度を上げるための『焚き火』がもっとも有用な方法だといいます。
「凍霜害対策の『焚き火』は、約3時間で1セットが基本。対策の必要がある予測が出た日の22時から0時ごろまで1セット目の『焚き火』をし、必要があれば深夜から未明にかけて2セット目の『焚き火』を行います」(久米氏)

「ウェザーニュース for business」で正確な降霜予測を確認することで、人的にも経済的にも負担が激減したとのこと。自ら管轄内の13地点で降霜予想と実際の結果を検証したところ、予報精度は約80%で実用性が高いことも明らかになりました。
「テレビを観てその晩の霜を予想し、連日夜中に起きておいて『焚き火』をしなければならなかったときと比べ、日程を絞って計画的に『焚き火』できるようになったことで、組合員のみなさんの負担が相当軽くなったことはとても大きな成果でした。実際、2024年4月は2日間ほど降霜があったものの、収量への大きな影響はありませんでした。」(大石氏)
霜の影響を受けやすいアスパラガスのような他品目への広がりも期待
放射冷却などによって形成された冷気の移動でも凍霜害が発生します。また、北極圏の寒気団の南下、盆地などで見られる冷気の滞留(冷気湖)も凍霜害の原因となるなど、凍霜害は気象や地形に左右されます。
「今後は、地形と気象データを解析し、冷気の動きが予測できるような情報もあると、りんご栽培がより安定したものになると思います」(久米氏)
また、岩手県産のりんご以外の農作物にも気象データを活かす可能性も考えていると話します。
「県内では春先にかけて路地もののアスパラガスも栽培しています。りんごと同じように気象データを活用して凍霜害のリスクを回避できる可能性があるなら、生産者にとっては大きなメリットになるのではないでしょうか」(大石氏)
気候変動によってこれまでと同じ感覚で農業に臨むことが難しくなりつつある時代、気象情報を活用することで、事前にできる対策は今後も増えていくといえるでしょう。
